永井氏は「はじめに」で「本書は(略)島(筆者註:似島)に搬送された被災者と、未曽有の現場で救護に奔走した人々の姿を描くドキュメントである」(P.4)と書いています。広島の南、広島港から少し離れた島が似島です。その島がなぜ、搬送先になったのか。戦時中に検疫所があり安全地帯とみられていたことがその理由のようです(P.23要約)。

あまりにも多くの被災者が搬送されたので、治療や火葬が間に合わず、火葬の資材が足りなくなると土葬になったようです。そして、この地に多くの骨が眠ることになります。

その後、1971年に中学校で600体を越える遺骨が発見され、慰霊碑が建立されたようです。そして、1990年には島の別のところでスコップ300杯分の骨片が発見されたようですが、今回は発見されたところが市営住宅の建替地ということもあったのかすぐに現地保存しようとはならなかったようです(結局、別のところで遺構の一部を保存することになったようです)。

戦後45年が経過し、現地保存する必要性がないと思ったか、この地には多くの骨が眠っているからここを保存しても次々と出てくるのではと思ったか、それは分かりません。爆心地だけでなく、少し離れているところでも、「この下にはね、原爆で亡くなった人の骨があるんだよ」とか「骨があっても不思議ではないんだよ」と言われます。見えないと分からないことがあります。見えないと想像力が働かないことがあります。そうしているうちに、忘れてしまう、忘れようとしてしまうことにもなります。何を伝えなければいけないのか、なかなか答えは出ませんが、考え続けなければいけません。(2026.9.14.)

(参考・引用図書:『被爆者が眠る島』 永井 均(著) 岩波ブックレット1115 2025年)