ケアの倫理については、いろいろな分野からのアプローチがあります。文学からのアプローチもあります。
小川氏は、「国内外の文学批評においても<ケア>の価値は評価されてこなかったことを思い知った。たとえば、ケアの担い手である女性が描かれる作品がどのように評価されてきたかといえば、「行為主体性を欠く」「無欲である」「自己犠牲的すぎる」など厳しい批判が目立つ」(P.14)としています。
一つひとつの文学作品で、主人公に求められる役割は違うのだと思いますが、ケアの担い手に対して厳しい批判が目立つとなると、ケアの担い手の立場では見られていない(解釈されていない)と思ってしまいます。苦しい状況にあるときに、その原因が「行為主体性を欠く」とされると本人の努力不足になってしまいます。
文学批評とは別に、一読者が作品を読むときに、読む人がどういう社会で暮らしているかが反映されやすいとすると、例えば、新自由主義の流れの中に乗ろうとしている社会では、ケアを担うという弱者の立場にある人には、自助が強く求められる、ということになるのでしょうか。(2026.3.30.)
(参考・引用図書:『ケアの倫理とエンパワメント』 小川公代(編) 講談社 2021年)

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