勅使川原氏は、「<主体性>はしれっと多義性・複雑化している(略)〝主体的に行動する〟という一文のように、「行動力」の言い換えに近しかった。それがいつしか〝主体的に考えよ〟の「思考力」との結びつきが強まり、昨今では〝考えを発信し他者とつながるべし〟の「協調性」すら内包するというのだ。(略)<主体性>育成に躍起になった企業は結果的に、「従属的な<主体性>の育成に終始する」(P.157-158)と武藤浩子氏の著書を引用しながら説明をしています。

従属的な<主体性>と読んだ時には、またしても企業都合か!と思いましたが、ちょっと考えてみると、企業都合だけではなく、「主体的に~」と言っている人自身の都合のようにも思えます。「主体的に動いて欲しい」というときに具体的に何をして欲しいのかとなると、先の「行動力」であったり、「思考力」であったり、「協調性」であったりとさまざまなことが含まれているが、「主体的に~」といった人がそこまで整理して・意図して、言っているかというと、実はそうでもないかもしれない。意味をたくさん含んでいることばは、それを使った人によって都合よく使われることが多いのではないかと思います。みんなで気をつけないといけないですね。(2026.7.13.)

(参考・引用図書:『格差の〝格〟ってなんですか?』 勅使川原真衣(著) 朝日新聞出版 2025年)