山極氏は、「生きるためにヒトがあらそうのは、生きものとしての本能だから、戦争は終わらない、という人もいる。でも、果たしてそうだろうか?」(P.20))「戦争の歴史はあまりに短く(略)ヒトの本性だとはいえないんだ」と書いています(P.22)。また、「言葉がなくても気持ちがわかりあえる。(略)進化のなかで、ぼくたちヒトが手にいれた、だいじな宝物」とし、「仲間たちのあつまりをていねいにつないでいくことができたら(略)平和な世界をつくっていける」(P.31)とも書いています。

山極氏のことばによると、ヒトの本性ではない戦争がなぜ終わらないのか。それは、相手の気持ちがわからない、分かろうとしないからだということになります。相手の気持ちをわかろうとすることは、見えないものを見ようとすることなので、エネルギー(労力)が必要です。また、お互いの気持ちが一致するよりは、ヒトは十人十色なので気持ちが異なることの方が多いはずです。それを「ていねいにつないでいく」ためには、更なるエネルギー(労力)が必要です。あらそいが生じるのは、ヒトの本性ではなく、「あらそいが生じないようにしていない」から必然としてあらそいが生じる、ということになるのでしょう。(2026.8.24.)

(参考・引用図書:『ぼくたちは、あらそうために生きるのか?』 山極寿一(著)・あべ弘士(絵) 偕成社 2026年)