小山氏は、「核実験場で働いていた、彼らもヒバクシャにさせられた」(P.88~90)ことらから、「「核抑止という考え方があります。核兵器をもつことで他国に攻撃を思いとどまらせ、自国を守るという安全保障上の論理です。しかし、現実には、核兵器を開発し、保有する過程で、その国に暮らす人々の命や健康が犠牲になっています」(P.90)とし、「核抑止論はすでに破綻していると感じます」(P.90)と述べています。

また、医師・村田三郎さんの「ウラン採掘から燃料製造、廃棄物処理まで、核燃料サイクルのあらゆる段階でヒバクシャがうみ出されています。被ばくを前提とした労働なしに、原発は成り立ちません」(P.135)という指摘も引用しています。

核兵器開発や平和利用では、被ばくリスクは注目されにくいかもしれません。そのため、その業務に携わっている人々のなかには、放射能という目に見えないものを扱っており、影響がすぐに出るとも限らないので、リスクを気にかける人は少ないかもしれません。核兵器であろうが、平和利用であろうが、戦場でなくても、ヒバクシャは生まれ続けているということです。ヒバクシャは、ヒロシマとナガサキだけでなく、世界中にいるということに気づかされました。(2026.10.13.)

(参考・引用図書:『核実験場のとなりで生きる-カザフスタンのヒバクシャたち』 小山 美砂(著) 合同出版 2026年)