具志堅氏は、「かつて沖縄であった戦争で亡くなった方々の遺骨を収集」(P.2)されています。「下半身は関節もきれいにつながっているのに(略)上半身だけがバラバラになっている」(P.98)とか(手榴弾の)「爆発で引きちぎれて飛び散った顔面の一部が、壁にひっかかっていた」(P.101)とかがあり、(遺骨を掘り出すことだけを目的として、収集している中で)「手榴弾による不条理な自殺の強制の事実を知り、そのことを周囲の人にも知ってもらいたいと強く思う」(P.104-105)ようになったようです。「目の前で自決しようとする上官を救うために、反射的に手榴弾を奪い取って命を救ったにもかかわらず、お礼ではなく暴行を受けた」(P.124要約)こともあったようです。戦場という非日常でかつ緊張感が高まった場面では、命がとても軽く扱われてしまう、軽く扱ってしまうように見える事態に追い込まれるのでしょうか。そうなってしまわざるを得なくなる〝戦争・戦時〟はあってはならないものです。

また、「業者がおこなう遺骨収集は、壕の中の土砂をショベルカーで根こそぎ掘り出し、ベルトコンベヤーの上にばらまき、下手(しもて)で待機した作業員が、目の前に流れてくる土砂から遺骨や遺品を拾い集めるというのが実態です」(P.138-139)ということを知ると、なおさらです。(2026.10.5.)

(参考・引用図書:『ぼくが遺骨を掘る人「ガマフヤー」になったわけ。-サトウキビの島は戦場だった』 具志堅 隆松(著) 合同出版 2012年)