「原爆の子」には、「被爆当時満四歳から高校生の百五編の手記が収録」(P.2)されています。早志氏らは、「1972年(昭和47年)、『原爆の子』の執筆者で連絡のとれた人達で「原爆の子きょう竹会」をつくりました。(略)メンバーの心の拠りどころとなりました」(P.5)。本書には、そのメンバーの現在の様子や心境も含まれています。

本書の付録として、早志氏の『原爆の子』に収録された手記、それから50年後の『改訂版「原爆の子」その後』に収録された手記が載せられています。「その後」には、学校卒業後、就職、結婚、出産にまつわる思いが書かれています。そのいずれにも被爆の影響を考えざるを得ない思いが入っていると思われました。

文末は「残り少ない私たちが、再びあやまちを繰り返させないために、今こそ、世界中に語り伝えていく使命があるのではないかと思っています」(P.185)と書かれています。被爆体験を話すことができないまま亡くなられた方も多くいるはずです。何十年もたって被爆体験を語り始めた方もいます。戦後70年、80年経つと、経験していない人にとっては長い時間と思っても、当事者には短い時間かもしれません。まだまだ自分自身のなかで、被爆体験を消化(納得、客観視できる、……)できていないかもしれません。それにもかかわらず、さまざまな形で語り伝えようとしているということを踏まえて、私たちは、原爆の影響を伝えていく必要があるのだと思いました。(2026.9.28.)

(参考・引用図書:『平和のうぶごえ-「原爆の子」として生きた80年』 早志 百合子(著) 毎日新聞出版 2025年)