勅使川原氏は、「今現在では不十分で、もっと頑張って、もっと努力して何者かにならねばならない存在としての子どもたちを、前提としていないか」(P.55)、「社会に必要なのは、こういった前提に基づいた自己肯定感を上げることなんかではない」(P.55)「私たちは誰かに許可をもらっていきているのではなくて、すでに在る。完璧な人間なんかじゃない(略)それでも今日もこうして生きている。それは、自己肯定感が高いから、なんてちんけな話ではなくて」(P.56)と述べています。そして「学校で「自分がもっと頑張れることは何か?」と宣言させられるようなことが、そのくじかれた自分を信じる気持ちを復活させるものには……なり得ない」(P.58)と言っています。よく「○○できたことを自信にして新しいことにも挑戦して欲しい」ということを聞くが、そういう人が果たして自分自身に自信を持てているかというとそうではないこともあります。「自信」もそうだし、「自己肯定感」も持たされて持てるものではないはずです。そうだとすると「できる・できない」は判断基準にはなりません。ひつようなのは「どうすれば、しようと思えるか」ということではないでしょうか。(2026.6.29.)

(参考・引用図書:『格差の〝格〟ってなんですか?』 勅使川原真衣(著) 朝日新聞出版 2025年)