スルタノヴァ氏は、本書の目的を「セミパラチンクス核実験場の(略)住民の証言を聞き取り、「語り」を通じた歴史を明らかにすること」(P.27)、「どのような被害があったかではなく、その時期を人々がどのように生きたのかが筆者の問題関心」(P.29)としています。
住民は、「核実験の影響から守らなかった当時の政府と政治に対する怒りを隠せない」(P.59)にもかかわらず、「生まれ育った大地を離れたくはなかった」とも思っている」(P.65)。現地住民は土地に愛着があるにもかかわらず、「核実験場が閉鎖した現在は政府と社会に忘れ去られてしまっているのが事実である」(P.71)。
現地ではこの核実験場が健康被害の原因であるという話が広がっていながら、「この村の住民が発症する病気の原因は、カザフ人の生活習慣、食生活であるとの考えも出てきた」(P.73)ようです。このようなことを聞くと、日本でも水俣病などの公害病を想起させます。水俣病でも、排水に原因があると思われながら「奇病」とされ、その地域名が病名とされたほどです。国の施策でありながら、一部の地域での健康被害となると、早々に忘れされれることになるでしょう。水俣病も核実験場も、諦めることなく伝え続ける人がいることで、多くの人の知るところとなり、原因究明、被害実態が明らかとなり、賠償等へとつながります。
著者は、「欧米などからもこの地域を訪れインタビューを行なう人がいたが、彼らのほとんどが「災害の観光者」というような立場からの調査にすぎなかった」(P.118-119)という。
日本でも、災害が起きると、大々的に報道されますが、現地での取材の様子を聞くと、被災者の立場に立っている方もいれば、そうではないということも聞きます。取材者にとって「欲しいことば」を誘導しているのかなと思うこともあります。そういうことばに思えなくても、そこで生きようとしている人たちがどのように生きようとしているのかを伝えることが大切なのだと思いました。(2026.10.19.)
(参考・引用図書:『核実験地に住む-カザフスタン・セミパラチンクスの現在』 アケルケ・スルタノヴァ(著) 花伝社 2018年)

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